舞台の「今」を伝える映像のしくみ
目次
ITVシステムとは?
ITV(Industrial Television) は、劇場で舞台の様子をリアルタイムで確認するための映像システムです。舞台監督、袖のスタッフ、楽屋、オーケストラピットなどが、舞台の「今」を正確に把握するために使います。
目的はただ一つ──公演の安全と進行を支えること。
1. 遅延(レイテンシ)が少ないことが命
なぜ大事?
舞台の動きと映像がズレると、キュー出し(合図)や緊急対応のタイミングが狂います。
ITVでは 1〜3フレーム(約17〜50ms@60Hz)以内 の遅延が理想です。
AV業界では±40〜60msが許容範囲ですが、舞台の“生体感”を守るにはより厳密に見るべきです。
2. 遅延の「足し算」イメージ図
🎥 カメラ → 🎛 分配器 → 🔄 変換器 → 🖥 モニタ
│1〜3f │+0.5f │+1〜2f │+1f
└───── 合計 ≒ 3〜6フレーム(約50〜100ms)──────┘
解説:
- 各機器で1〜2フレームずつ遅延が増える
- 全体で「50〜100ms」程度までに抑えると舞台運用では自然なタイミングに保てる
💡 覚え方:「遅延は足し算」。
カメラ・分配・変換・モニタのどこでどれだけ遅れるかを意識しよう。
3. 伝送方式の比較(SDI / HDMI / IP)
| 項目 | SDI(同軸・BNC) | HDMI(家庭用) | IP系(NDI・RTSPなど) |
|---|---|---|---|
| 形式 | 放送用デジタル映像(非圧縮) | 家庭用AV向け | ネットワーク映像(圧縮あり) |
| 遅延 | ほぼゼロ(1フレーム未満) | 少ないが機器次第 | 圧縮・展開で遅延が大きい |
| ケーブル | 同軸(BNCロック式) | HDMIケーブル | LANケーブル |
| 距離 | HD/3G/12G-SDIで数十〜100m級 | 数m〜十数m(HDBaseTで延長可) | ネットワーク距離依存 |
| 強み | 業務用・堅牢・長距離対応 | 安価で手軽 | 柔軟・多拠点展開に強い |
| 弱み | コストや配線手間 | 抜けやすい・距離に弱い | 遅延・ネットワーク負荷 |
🎯 結論:劇場で最も信頼できるのは SDI。
低遅延・長距離・ロック機構付きで、現場の標準です。
4. HDMIの距離を伸ばすなら「HDBaseT」
HDBaseTは、Cat6AなどのLANケーブルで100mまで無遅延で延長できる方式。
HDMIの使いやすさを保ちながら、業務用途の安定性を確保できます。
HDBaseT対応の送受信機(トランスミッタ/レシーバ)を組み合わせて使います。
5. SDI/HDBaseT伝送図(概念図)
📷 カメラ(SDI出力)
│ 同軸BNCケーブル(〜100m)
▼
🎛 SDI分配/スイッチャ
│ SDIまたはHDBaseT変換
├─▶ 🎚 舞監席モニタ(SDI入力)
├─▶ 🧑🎤 袖モニタ(SDI→HDMI)
└─▶ 🏠 楽屋モニタ(HDBaseT送信 → Cat6Aケーブル → 受信)
▼
🖥 HDMIモニタ(民生TV)
ポイント
- 舞監・袖は遅延を最小にするため SDI直接接続
- 楽屋やホワイエは HDBaseT延長+HDMI で距離とコストを両立
- どちらも「無圧縮・即時伝送」が基本
6. 規模別おすすめ構成例
🎭 A. 小劇場・稽古場(カメラ1〜2台・10〜50m)
- カメラ:SDI出力タイプ
- 分配:SDI 1→4分配機または小型スイッチャ
- 舞監席:SDI入力モニタ
- 楽屋:SDI→HDMI変換 or HDBaseT延長
👉 遅延は数十ms級で安定、コストも最小。
🎬 B. 中規模劇場(PTZ含む3〜6台・100m級)
- コア:3G/12G-SDIルータ+マルチビュー
- 末端:袖・舞監席=SDI、楽屋・ホワイエ=HDBaseT+TV
- 同期:GenlockやPTPで全カメラ同期
👉 切替や拡張に強い構成。
🏟 C. 大規模・複合運用(録画・配信も含む)
- コア:SDI中心(低遅延・堅牢)
- 拡張:NDIやAVoIPを“別系統”で追加(遅延許容できる場所のみ)
👉 低遅延と拡張性の両立。
7. ケーブルと配線の基本
- SDI:規格とケーブル型番で距離が変わる(例:Canare L-5.5CUHDで12G-SDI 100m級)
- HDMI:10mを超えると不安定。長距離はアクティブ/光/HDBaseTで延長
- EDID/HDCP:家庭用TVを混ぜる場合は“握手不一致”対策(EDID/HDCP管理付き分配器)
8. 実務チェックリスト ✅
- 出力は60Hz統一(1フレームを小さく)
- モニタは「低遅延モード(ゲームモード)」で使用
- SDIはBNCロック・ケーブルラベル管理を徹底
- ルータや分配器は余裕ポートを確保
- 将来の拡張用にCat配線の“余芯”を残す
7. まとめ
🎯 「SDIを心臓に、HDBaseTで末端を伸ばす」これが劇場の定石。
- 遅延は足し算。カメラ → 分配 → 変換 → モニタの各段で数フレームずつ遅れる。合計で“今ズレてる/合ってる”を説明できれば一人前。
- IP伝送(NDI/AVoIPなど)は別動隊。配信や録画には最適だが、舞監席の“生映像”にはまだ不向き。
ITVシステムは、舞台の安全と精度を支えるもう一つの「舞台装置」。
地味だけど、これがあるから公演はブレずに進行できる。
あなたの劇場でも、足元から“見える安心”を整えてみよう。
